【前日夜:わたし】

 

一日(ついたち)の朝が好き!

また第一歩から踏み出す感じがして――気も引き締まるし、なにより「新しいこと」に出会えそうでワクワクする!

 

そんな、7月のはじまりの日にわたしは生まれた。

少しだけ厳かなイメージで口ずさんでみたけど、なんてことはない『誕生日』ってだけ。

黙って毎日お昼寝してても、必ず決まってやってくる定例行事。

 

でもでも。

わたしみたいな成長過程の子どもの場合、やっぱり「一つオトナになる」というのは大々的なビッグイベントだ。

しかも大好きな一日(ついたち)と重なっているなんて、これはもうドキドキしない方が無理ムリ!

 

だから毎年こうして、前日6/30の夜はなかなか寝付けずにベッドでモンモンと過ごしているのだった。

それでなくても世の中はまだ、ようやく元の生活へ戻ろうと頑張っている最中。

わたしも家政婦さんたちに「誕生日は自粛ムードで行くから!」と宣言してある。

友達を呼ぶことも難しいんだし……だったら派手じゃなくても、気持ちだけで十分すぎるほど嬉しいもんね。

 

とはいえ……とはいえ。

枕に顔をうずめながら、ニヤニヤと口の端が上がるのを止められない。はたから見ても気色悪い顔だと思う。

 

自粛ムードの誕生日なんて、今までもこれからも、そうそう味わえるものじゃない!

そりゃあ誕生パーティーはみんなでワイワイ楽しく騒いで――がいいに決まってるけど。今までもそうしてきたけど。

じゃあ「それ以外」の誕生日はダメなの? と訊かれたら、大きな声でダメじゃない! と言いたい。

 

メッセで訊いたけど、すみさんは美聡ちゃんたちと『リモート誕生会』なるものをしたらしい。

晶さんは寮のみんなでささやかな食事会をしたそうで、わたしとつくしも「おめでとう!」と声だけ届けた(ヒナさんのスマホ経由で)。

 

さて。さてさて。

続くわたしは、いかなる『誕生日』を過ごせばいいのだろうか?

祝う方は何度も計画してきたけど、「祝われ方」を計画するなんて、それこそ生まれて初めてのことだ。

未知なる! 非日常の誕生日を迎えようとしているわたしは、まるで子どものようにキラキラした目で明日を待ちわびているのだった。

「ように」じゃなくて子どもなんだけど。

 

× × ×

 

「――えっ? 何もしなくていいって……」

わたしの提案を訊いて、つくしは意外そうな声を上げる。

 

一人でジタバタするのに早々に飽きたわたしは、つくしを誘ってリビングでお喋り。

家政婦さんたちは自室に戻ったようなので、ちゃんと距離を取れる広い場所で密談――なんかムジュンした言葉だけど――しているのだった。

 

「何もって言い方は悪かったかも。普段通りにしてくれると嬉しいなって」

「で、でも……せっかくの誕生日なのに……咲ちゃんも楽しみにしてたんじゃ……」

口調は引っ込み思案だけど、わたしの顔をまっすぐ見て、つくしが応える。

こういう時のつくしは信念を持っていてそう簡単には引かない。その信念がわたしに関するところ、というのも感激でくすぐったくなる。

 

「あたし、いつも咲ちゃんにお世話になってるから……明日は一日メイドさんやろうかなって気合入れてたのに」

「う、うん……きっとそういうこと考えてるんだろうなと思って、今日の内に話したかったんだ」

こういう時の情熱が人一倍強いのも、またつくしらしいと思う。

 

「気持ちは嬉しいし、なんなら衣装は着てもらっていいんだけど――ちょっとやりたいことがあるんだ」

「……??? でも、普段通りなんでしょ?」

「そう、普段通り! つくし、明日の学校って午前中だけだよね?」

「うん……咲ちゃんもだっけ?」

「じゃあじゃあ、帰ってきてからお昼食べよ! そこから誕生日開始ってことで!」

「そこから……? う、うん……わかった」

 

× × ×

 

「咲ちゃん! お誕生日おめでとうっ」

明くる朝――そう、迎えたバースデー当日。

駅で電車を待っていると、冬華からメッセの通話。

 

「おはよう冬華、ありがとう! どうしたの、こんな朝に?」

「えへへ、事務所で一番に言いたくて……咲ちゃん、今日登校日だったはずだから起きてるだろうしって!」

わたしと冬華が通う聖廉学園は分割登校中。今日は冬華はお休みのはずなのに、早起きしてくれたんだ。

 

「ねねっ、一番だった? あ、つくしちゃんにはさすがに負けたかな……」

「うん。でも電話でもらったのは一番だよ。すっごく嬉しい!」

やったぁ!と元気な声を上げる冬華……と、後ろの方へごめんなさぁいって続ける。

「お母さんから、朝なんだから静かにって……えへへ」

そっか、冬華の家ってマンションだから……今は自宅にいる人も多いだろうし、気を付けなくちゃいけないんだ。

 

「レッスンが再開したらプレゼント渡すね! ほら、咲ちゃんがカッコいいって言ってたレッスンシューズ――」

「そんな、電話だけで十分なのに! ワクワクしちゃってもう――あ、ごめん冬華! 電車来たから――」

「うん! またね、咲ちゃん!」

 

通話を切ったわたしの顔から、ニヤニヤ――いや、ここはニコニコと表現しておこう。満面の笑みが消えることはなかった。

いつも通りだったら、学校とか事務所とか――わたしが向かう先々で直接「おめでとう」って言われていたはずの一日。

でも今日はきっと、電話越しとかメッセ越しとか――いろんなやり方で最高の『声』がわたしに届くのだろうって。

いつもと違う最高の誕生日が始まったと、わたしの胸は高鳴りっぱなしだった――!

 

× × ×

 

「た、ただいま……咲ちゃん」

「あ、お帰りつくし! いやあ、暑いね今日も。シャワー浴びてきたら?」

あっという間にお昼。

帰宅して、おそるおそるリビングに入ってきたつくしに声をかける。

 

「う、うん……でも咲ちゃん。なんで今日……こんなにお屋敷静かなの?」

「家政婦さんたち、みんなお休みだからね」

「ああ、そっか。だから人が少な……ええーっ!?」

静かなお屋敷に、つくしの珍しい絶叫が響いた。

 

====== さてさて? ======

 

【当日昼:わたくし】

 

わたくしがお勤めする五条家には、使用人に対してとてもユニークな規則がございます。

 

一、全体主義であれ。

わたくしたちは一人一人ではなく、五条家の使用人として統一された意識を持ち職務を全ういたします。

ゆえに個人で名乗ったりはいたしません。わたくしたちは集団で一となるのです。

今までも何度か人前にお目見えさせていただきましたが、それがすべて同一人物だったかどうかは……神のみぞ知る、でしょうか。

 

一、個人主義であれ。

わたくしたちは一人一人なのです。いきなり矛盾しておりますが、これこそ五条家のユニークなところと自負しております。

決まり切ったマナーや作法など可能性を狭めるだけの籠にすぎません。そんな仕え方では五条家の皆様――特に幼年の方々に悪い影響を与えてしまいます。

もちろん守るべきルールはございます。ですが、その『守り方』には個性があってしかるべきなのです。

 

個人の思考や嗜好が「五条家に仕える」という統一された行動を通して、時間を経ることにより自然と協調性が生まれます。

わたくしたちが何気なく過ごしている毎日こそ、五条家の皆様が我々に課した確固たる『規則』なのだと実感しております。

一は全であり、全は一なのです。すみません、これはマンガの受け売りでした。

 

なぜ唐突にこんなことを話しているのかといいますと。

そう。実をいえば今日、いまこの時――わたくしは五条家の使用人ではなかったのです。

 

× × ×

 

それは昨日6/30の夜。一日の業務を済ませて咲お嬢様へ就寝のご挨拶をした時でした。

 

「明日はみーんな休日でいいからね! これは誕生日のワガママだから、聞いてくれるよね、ねっ!」

 

急にこんなことを仰られるので、わたくしたちは面食らいました。

いくら自粛ムードとはいえ、それなりの催しはするつもりだったのです。ささやかながら特別な食材やケーキなども用意しておりましたし。

 

「うん。でも、わたしも準備や片付け手伝う! だから、明日は家事で動き回るのはやめて――」

 

ですが、その後に続くお嬢様の言葉で真意を掴むことができました。

 

「お嬢様とかそういうのじゃなくて、一緒に家族としてお祝いしてほしい!」

 

それは、普段活発な咲お嬢様からは想像もつかないくらい――慎ましやかで優しいワガママでした。

 

昨年までは京都の本家で、ご家族から盛大にお祝いされていたはずなのです。

今年だってこういう情勢でなければ、京子ちゃんたちご友人を招いてパーティーなんてしたかったはず。

でも明日は……つくしちゃんと二人きり。

そばにわたくしたちはいますが、使用人として動き回るだけでは咲お嬢様にとって"お祝いされている"ことにはならないのです。

 

わたくしたちが事前に準備していることを知らないような咲お嬢様ではございません。使用人としての立場があることも理解なさっているはず。

その上で――もしかするとつくしちゃんも一緒に楽しめるようなことを願って――こんなワガママを口にされたのでしょう。

 

ですが、わたくし――わたくしたちだってこの誕生日に賭けているものがありました。

なので。

 

「わたくしたちはずっと咲お嬢様を家族と思ってますよ? あ、まさかお嬢様からしたらただの一家来だと……あんまりですぅ。よよよよ」

こんな軽口で返そうと思ったのです。

 

「え、わっ! 違う違う、そうじゃなくて! 一緒に楽しんでほしいと思って……!」

「でしたら! わたくしたちから"お祝い"のもてなしくらいは、受け取っていただけますよね? 誕生日なんだからなおさら、その日はお嬢様扱いでもおかしくはありませんよ?」

「そ、そうなの? じゃあ晩ごはんはお任せしようかな……あ、で、でも普通のでいいからね! ずっと準備や片付けで忙しいのも寂しいもん」

「わかっていますよ。ふふっ」

 

そう、ここからはお互いワガママのぶつかり合いなのでした。

 

× × ×

 

というわけで7/1。

お言葉に甘えて日中はお休みをいただき、私服で電気街などに出かけてみたりしています。

もちろん人混みなどは避け、不要不急の用件などはせずに手早く済ませなければ――。

 

「あら、もしかして五条さんのお宅の――」

「あ、有理ちゃん! ご無沙汰しております!」

少し路地を入ったところで思わぬ方と遭遇しました。咲お嬢様の同僚、リレプロの戸田有理ちゃんです。

以前、咲お嬢様やつくしちゃんと一緒にお勤めのカフェへお邪魔したことがあったのです。保護者として同行したのですが、わたくしが一番盛り上がっていたのは言うまでもありません。

 

「カフェにいらした時は仕事服でしたわね? やはり私服だと印象が変わりますわ」

「あはは……今日はオフでして。有理ちゃんは外でも衣装なんですね、わたくしたちも見習わなければ」

「有理、こちらの方は?」

 

そばにいたメガネの女性。有理ちゃんのお知り合いのようです。

 

「萌は初対面でしたか。五条さんのお屋敷の――」

「リレプロの方なんですね! いつも咲お嬢様とつくしちゃんに良くしていただいて――」

「い、いやそれほどは……なるほど。こういう方と直面すると、五条はやはり良家の出なのだと実感するな」

 

有理ちゃんとそのご友人――村山萌ちゃん。このお二人は仲が良く、それでいてベタベタもしないオトナで憧れている――と咲お嬢様が仰っていました。

もう数年もすれば、京子ちゃんとこんな関係になるのかな――? と楽しみになってしまいます。

 

「あら、そうですわ。五条さんは今日――よければ、こちらを持っていってくださいな」

「素敵なトートバッグ! カフェのグッズですか?」

「試作品で恐縮ですが。萌から、今後マイバッグ需要が高まるはずと提案を受けまして――」

「毎日の袋代も馬鹿にならないからな。ずいぶんと庶民的な話で恥ずかしいが」

「そんなことありませんよ! わたくしたちも今日になってから、使えそうなかばんを慌てて探し回りましたし!」

 

お話も盛り上がりますが、ここにきて妙案が。

 

「そうです! ちょっと緊急必要な目的がありまして――電気街や古本街に詳しいお二人にお尋ねしたいことが」

「あら、なんでしょうか?」

 

そう、なぜわたくしが電気街まで足を運んだか。

それは家族としてごく普通の"誕生日"を――咲お嬢様へお渡しするためのアイテムを手に入れるためだったのです。

 

====== そして…… ======

 

【当日夜:いっしょに】

 

「――だから、わざわざ返事しなくていいってメッセージカードに書いたのに……」

「あ、あはは。嬉しすぎてカード見てなかった……でもでも、返事しない訳にいかないよ!」

 

夕方。

不意に届いた小包を開けたわたしは、感激のあまり送り主のメッセへ突撃通話を敢行していた。

 

「ありがとう京子! これ手作りだよね!? 前に話してたヤツ!」

「たまたまよ、たまたま! 広瀬さんとか小見川さんに教わって、育ててみたい花があったから――」

 

そんな育ててみたかった大事な花を使って、わたし向けの髪飾りを作ってくれるなんて――やっぱり京子は最高の友だちって感じてしまう。

 

「つくしが調べてくれたんだけど、これってマリーゴールドなの?」

「似てるわよね。マツバギクっていうんだけど、菊とは違う種なんだって。サボテン用の肥料で育てるのよ」

「じゃサボテンなの? あ、でもわたし菊も好きだから嬉しいよ! 華道でもよく使うし!」

「ち、ちょっと咲。少し落ち着きなさいよ、後ろで小見川さんが笑ってる――」

 

ごめん、と苦笑して謝る。でもやっぱり『声』で伝えたかったんだ。

 

「これ毎日着けるからね! 学校でもレッスンでも! みんなに見せるんだ!」

「毎日ではなくていいわよ。制服とは色合わないんじゃない?」

 

そんなことない! だったら合うように制服を変えればいいんだ。ちょうど衣替えだし!

 

× × ×

 

「あ、咲ちゃん。何か飲む? メロンソーダ?」

「ありがとう! えーと、麦茶かなあ」

 

通話も終わり、リビングへ戻るとつくしが出迎えてくれる。

 

「あ、でもいいよつくし、自分でやるよ!」

「ううん、普段通りの誕生日でしょ? だったら今日は咲ちゃんがヒロインなんだから、これくらいはしないと!」

 

結局衣装は着なかったみたいだけど、なんだかんだ今日のつくしはわたしのために気を回してくれる。

これが千歳家流の誕生日だから!と言われてしまったら、わたしも何も言えず……それでいて、つくしの家族になれた気がしてワクワクしたりもする。

でも、やっぱり。

 

「じゃあわたしも一緒に取りに行く!」

「えっ? キッチンすぐそこだよ?」

「それでも! だって待ってる時間もったいないんだもん、お喋りしたいし!」

「えー? 今日の咲ちゃん、なんだか甘えん坊みたい。えへへ」

 

つくしの言葉と笑顔がなんだかとても嬉しくて、わたしも笑う。

 

「ただいま戻りました!」

「あ、お帰りなさい!」

 

玄関のドアベルが鳴り、休みを取っていた家政婦さんが戻ってくる。

 

「あら、わたくしが最後ですかね? すみません、すぐに着替えて夕食の準備に取り掛かりますね!」

「家政婦長さんがゆっくりでいいって! お買い物に行ってたの?」

 

家政婦さんが手に持つ袋を見ると……電気街へ行っていたのかな?

でも、趣味の買い物にしては量が多いような……。オシャレなトートバッグもあるし。

 

「そうですね。夜は一緒に楽しみたいですし――今お渡ししちゃいます!」

 

少しだけもったいぶった後に、家政婦さんは手に持った袋をわたしの方へ差し出す。

中を覗くと――

 

「えっ、これプラモデル……欲しかったけどすごく高いの! え、こんなに……!?」

「あとこちらも……いやあ、運よく残ってましたよ! 一冊だけ!」

 

そう言って取り出したのは、古本街で買ってきた様子の――とっくに絶版になったアニメの設定資料集。

うっかり買い逃して、後悔の念をつくしや家政婦さんたちに繰り返していたけど……。

 

「たまたま有理ちゃんと萌ちゃんに会いまして。事情を話したら穴場の店を教えてくれたんです! さすが常連の目は違いますね!」

「こ、これって今すごくレアなんでしょ!? 受け取れないよ、そんな!」

 

だってこれって――全部集めると、わたしみたいな中学生に買い与えるには高価すぎるものだ。

 

「ふふ、もちろんわたくし一人からではないですよ? 使用人一同のプレゼントを、代表して買い集めてきました」

 

ふと気がつくとわたしの後ろに、夕食の準備をしていたはずの家政婦さんたちがみんな――間を空けて――並んでいた。

 

「普通の誕生日をご希望でしたね? なので、わたくしたちも"普通のプレゼント"を用意させていただきました。どれも家族へ――大切で気軽な人へ送るような、飾り気ないものです」

 

家政婦さんが目配せすると、つくしが近寄ってきて最後に包みを一つ付け足した。いつの間に作ったんだろう、手作りのマカロン。

つくしは牛乳がダメで、バターや生クリームもすすんでは食べない――わたしのためだけに作ってくれたのは自明だった。

少し照れたように、はにかむつくし――。

 

「もう……普段通りでって言ったのに。みんな本当に……ずるいんだもんなあ!」

「あ、あぅ……でも、まさか皆さんがお休みだなんてあたしも知らなくて……!」

「ふふ、おかげでじっくり探すことができましたよ!」

 

感激のあまり少し震えるわたしの声を、ポカポカ暖かい声たちが受け止めてくれる。

 

「受け取ってくださいますよね、"咲ちゃん"? あ、今日だけこの呼び方ですからね。本家の方にはナイショですよ?」

 

胸がいっぱいで、『声』が出てこなくて――やっと受け取るだけで精一杯。

 

たぶんわたしは、おこがましかったんだ。

勝手に「普通の誕生日」なんてうそぶいて、そのこと自体がわざとらしくて偉ぶってて。

さっきつくしは、そんなわたしの心を――本当に望んでいた"誕生日"を見透かしてくれた。

わたしをわかってくれる友だち相手だったら、素直にやりたいことを伝えるだけでいいんだって――わかってたはずなのに。

 

「あの……やっぱりわたしも晩ごはん作り手伝いたいんだけど、いい?」

「ええ」

「つくしも一緒に手伝ってほしいんだけど、いいかな?」

「うん!」

「だから……今日はこれから、ずっと一緒にお喋りしたい!」

 

みんな笑顔を浮かべて。

 

「今日の咲ちゃん、甘えん坊だね」

 

つくしの言葉に、わたしも全力で笑った。

 

朝、冬華の『声』が嬉しかった。

夕方、京子の『声』が嬉しかった。

いま、つくしの――みんなの『声』が嬉しかった。

 

みんなとお喋りする『声』だけで、こんなに嬉しいなんて今まで知らなかった。

たぶんこのお仕事を――声優をしていなかったら、『声』の優しさになんて気づけなかった。

 

× × ×

 

「ん、あ、Dさんだ!」

夜、バースデーケーキを食べていた頃、グループメッセに事務所の写真が届いた。

Dさん、ちょっと前は文章で送ってくれたのに……また写真やスタンプだけになっちゃったなあ。

 

「わあ、改装中の写真! こんな風にカーテンが付くんだ!」

「あ、あぅ……大きいね。あたしたちでも動かせるのかな……」

 

別に用意したアクアケーキを頬張りながら、少し不安そうなつくし。

確かにわたしたちには大きすぎるカーテンだけど、キャスターも付いてるし心配は無さそう。

 

「あれ、この写真……お弁当届けてるの、茉莉さん?」

「あぅ……このアルバイト流行ってるよね、すごいなあ」

 

ちょうどその写真に、ネコちゃんの返信がついた。

たまたま弁当の配達に来た茉莉ちゃんに協力してもらって広さの確認をしました! 元と比べたら狭いかもだけど、ばっちりレッスンできるよ! とのこと。

 

「楽しみだなあ! みんなに会ったら何の話しようかなあ」

さっきみんなの『声』について考えたせいで、なんだかソワソワしてしまう。

久しぶりに顔を合わせて、はたして今までと同じように笑えるのかなあって。

すごく緊張して、思わず敬語になっちゃったりするかもしれない。

 

「――あはは」

そんなことを考えていたら、唐突につくしが笑った。

「どうしたの?」

「ううん、写真と――咲ちゃんの顔を見てたら笑いたくなっちゃって」

「ええっ、わたし変な顔してた?」

表情に出ちゃったのかな。慌てて頬の筋肉をぐにぐに伸ばす。

 

「大丈夫だよ。咲ちゃん」

え、と思わずつくしの顔を見る。

つくしは、やっぱり笑顔を浮かべたままで。

 

「大丈夫。――理由なんてないけど」

 

たったそれだけ。

だけど、なんだか歌い出したくなるような言葉。

なんだか前にも、みんなで口ずさんだことがあるような言葉。

 

「理由なんて、ないけど」

「うん!」

 

『声』にするだけで、身体の中の中から元気が湧いてくるような気がした。

 

大丈夫なんだ。

元通りの毎日に戻れるように、Dさんたちが頑張ってくれているんだから。

わたしたちは信じるだけ。

非日常を楽しみながら、新しい日常を待てばいいんだ。

 

だって。

 

「咲ちゃん、つくしちゃん。ケーキもっといかがですかー?」

「食べる! つくし、行こっ」

「あ、あぅ。待ってぇ咲ちゃん……」

 

こうやって大人を信じて甘えることができるのは――わたしたち子どもだけの特権なんだから。