たとえば。

たとえば、今の状況がずっと続いてしまうとしたら。

あたしは――あたしの未来はどうなってしまうんだろう。

 

オンライン授業の動画を見終わり、リモート会議のアプリを閉じたあたしは、ふと自室の窓から外を眺めた。

そろそろ梅雨の気配を感じつつも、去年までと何も変わらない青空。

でも人通りはとてもまばらで、明るい話し声なんて聞こえるはずもなく。

都心から離れた住宅街なんだから当然とは思いつつも、やはり違和感と寂しさが襲いかかってくる。

 

あたしが通う学校は、電気街のそばにある新設校。

最新技術への対応も早く、早々に「一学期の授業は全リモート」というお達しが下された。

後輩の凜々花なんかはアプリの使い方に手間取っていたけど、通話しながら教えてあげたらなんとかなったようで。

今やなんでもリモート、家で"できてしまう"世の中になっている。

 

――そう、家でできないこと――リレプロの……声優のお仕事は、今は止まっている。

スタジオやレッスンルームに籠もるという性質上、対策がしっかりできない限り再開は難しい。

リレプロは未成年が多いからなおさら――とネコさんから説明を受けた。

 

幸い世の中は少しずつ動き始めており、社長が出演しているアニメ――ずっと再放送だった――もようやく収録が始まったらしい。

でもそれは、社長たち『大人』の仕事の話だ。

あたしたちは――いまだまともに通学もできないあたしたち子どもは、自分の家とわずかなご近所の範囲で日々を過ごしている。

 

「――台本、読まなきゃ」

 

しばらく呆けていたあたしは、無理やり気を取り直そうとして立ち上がる。

ディレクターから送られてきた、次のオーディションの資料。やるからには、今度もレギュラーねらい。

――でも、その資料に記されている『放映時期:未定』という言葉に、どうしても今の状況を思い知らされてしまう。

今月の頭にあるはずだったテープオーディションは延期になった。環境を整えて、ようやく改めて開催できる――と知らされたのが先週のこと。

「録音環境は最低限でいいから、自宅で収録した台詞を送ってほしい」との連絡だった。

 

台本を持って、まわりを見渡してみる。

ベッドがあって、勉強机があって、クローゼットがあって、ゲーム機が散らばってて――フィギュアなんかも飾ってあったりして。

趣味の違いはあれど、どこからどう見ても普通の女子高生の部屋だ。

こんなところで、いつもテープを録ってくれていたヒナの見様見真似で収録した『声』が――あたしの未来を決めるんだ。

――こんな、ひとりぼっちで、ちっぽけな世界で収録した『声』が。

 

「恵まれてたんだ、あたし」

 

これは台本に書かれていた台詞。でも、演じたわけではなくて――自然と口から零れ出てきた。

――声優としてのあたしは、今までどれだけの友だちに支えられていたんだろう。

普段だったらあたしが台本を読んでいると――凜々花が口を挟んできて、美聡が苦笑しながら演技を提案してくれて、いつの間にか後ろにいた薫が微笑みながら眺めている。

今は……一人で台本を読んでいたって、この演技が正しいのかなんてわからない。

ディレクターは声を送ったらアドバイスをくれるけど、距離と時間をどうしても感じる。

 

――たとえば、今の状況がずっと続いてしまうとしたら。

あたしは他の人たちにずっと置いていかれて――ずっと、ひとりぼっちなんじゃないかって。

 

「――わっ、びっくりした!」

そんな考えをかき消すように、大音量でメッセの着信音が鳴った。

外出が減ってマナーモードにすることも少なくなった――と思い返しながらスマホを手に取る。

 

≪ 今夜20時、ここに集合! ≫

 

美聡からだった。

ここ――? ってどこのことだろう。返信しようとしたら、追撃が来る。

 

≪ ごめん葉澄ちゃん、アドレス貼れてなかった! ≫

 

美聡らしいなあ、と思いつつ貼られたリンクを見ると――どうもリモート会議のアドレスらしい。

試しにアクセスしてみたら『リレプロリモート部』というタイトルが付けられていた。

そっか、今まではメッセ中心だったけど、こういうことも始めるんだ。

たぶんみんなを集めて今後の連絡なんかをするのだろう。……その割には、時間が遅いのが少し気になったけど。

 

× × ×

 

――結局、今日も満足行く『声』は録れず……少し落ち込んだ気持ちで晩ごはんを済ませたあたしは、部屋で暇を潰していた。

いつもだったら弟や妹とゲームする時間だけど、今日はお仕事だから……と断りを入れてある。

隣の部屋からワイワイ騒ぐ声が漏れ聞こえてくる。弟がちゃんと小さい妹を接待してあげているようで、あいつもオトナになったなあと感心する。

……子どもみたいな弱音を吐いているのは、あたしだけだ。

 

こんな暗い表情で会議になんて臨めない。あたしはパチン、と頬を強めに叩いて気合を入れた。

ちゃんと笑顔ができていることを願いつつ、リモート会議の部屋へアクセスする。

 

「……あれ?」

 

すでに何人か先客がいるのに、みんな揃って画面が真っ暗。

あれ、音声だけでよかったのかな? ビデオ許可なんかしちゃって恥ずかし――

 

「せーのっ」

 

「葉澄ちゃん!」「すみ先輩!」「すみちゃん」

 

「誕生日おめでとう!」

 

――画面が一様に明るくなって、クラッカーの音が鳴り響く。

そこにいたのは――それぞれの部屋から通話している美聡と、凜々花と、薫。

 

「え、えっ……ええっ!? なにコレ!?」

 

戸惑うばかりのあたしを見て、くすくす笑いながら皆が続ける。

 

「ふふ、すみちゃん。明日誕生日だよね?」

「凜々花ちゃんから提案されてね? リモート誕生会やろうって」

「当日は家族と祝うのかなーと思ってさあ。誕生日イヴってことで、今日お誘いしてみました! えっへへ」

 

――時計を見るまで全然気が付かなかった。6月11日20:00。明日は、あたしの誕生日だ。

凜々花から提案……? 確かに見てみると、どうも凜々花の部屋だけ作り込みが違う。というか……。

 

「り、凜々花、その背景どうしたの? CG?」

「ね、すごいよね凜々花ちゃん! 自分で作ったんだって!」

「ちょうどガッコの授業で習ったんだよ! せっかくだから何かに使いたいなーと思って!」

「りっかん、この間までカメラの繋ぎ方もわからなかったのにね」

 

そう、明らかに学生が授業で作った――程度の簡単なものだったけど。

「すみ先輩 HAPPY BIRTHDAY!」とおっきく書かれた、凜々花お手製のCG背景。

この子は……あたしと同じ環境だったはずなのに、こんなに前向きに、しかもあたしのことを考えてくれたんだ。

 

「じゃーん! ほら、バースデーケーキもあるよ! ウチのお店特製! 取っておけないから全部食べちゃうけど!」

「えー、凜々花ちゃんずるい!」

「私も作ったけどね。ほら」

「えええー!? わたしなんて、家にあったお菓子だけだよ……」

 

みんなでレッスンしていた時と同じように、変わらないように話す3人。

なんでだろう。

何も変わらず、あたしのそばに皆がいるのに――なんでちゃんと画面を見ていられないんだろう。

落ち込んでるとか、付いていけないとかじゃない。

これは。

 

「え、あっ……葉澄ちゃん? どうしたの?」

「わ、すみ先輩泣いてる!? ごめんね、急に驚かせて!」

 

違うよ。

 

「ううん……なんでだろ。うれしいんだ」

 

みんなに会えて。

 

「ずっと、みんなと話がしたくて。ずっと部屋に一人だったから」

 

みんなの笑顔が見られて。

 

「メッセで話すだけより、なんか、ずっとうれしい」

 

みんなの『声』が聴けて。

 

「葉澄ちゃん……わたしも。ずーっと部屋で台本読んでて、なんだか焦っちゃったりして」

「美聡も?」

「うん。毎日窓から外を眺めて――このままレッスンの仕方とか発声とか忘れちゃったらどうしようって……寧子さんに相談したら笑われちゃったけど」

 

あたしだけじゃなくて。

みんなあたしと同じプロになりかけの子どもで、大人になれなくて、不安で――迷って。

一人だけど、でも、一人じゃなかった。

 

「私は寮だから、みんなより恵まれてるかも」

 

いつも通り、とぼけたような表情で薫。

少し距離を置いて、でもちゃんとまわりや状況を見ている薫の話し方がありがたくて――やっぱりうれしい。

 

「いいなー薫! アタシも寮行きたい! どうせ家にいるならって店手伝わされるんだよー!」

「薫、京子と同室だったよね? いるの?」

「あ、京子ちゃんの声聴きたい!」

「キョンちゃん? 後ろで学校の課題やってるよ、ちょっと待ってね」

 

そう言うと薫はカメラから姿を消し――なにやら遠くから声が聞こえてくる。

私はいいわよ! とか、小見川さんから伝えてって言っといたでしょ! とか。

その声だけで「ああ、京子がいるんだ」「みんなそこにいるんだ」ってわかって、たまらなくなる。

 

「ごめんね、恥ずかしがってるみたい」

「今、後ろから恥ずかしくない!って京子ちゃんの声が……」

「あははー、ウチの妹と同じこと言ってるよ。あ、すみ先輩ごめん! 今日はすみ先輩が主役なのに!」

 

急に襟を正したように向き直ってくる凜々花。

 

「リモートだからさ、プレゼントも用意できなくて……だから、結局すみ先輩の時間取っちゃっただけなんだけど」

「……そんなことないよ」

 

うん、そんなことない。

 

「今あたし、すごくうれしい」

 

『声』っていう、最高のプレゼントをもらったから。

 

「ね、みんなよければ――このままずっとお喋りしない? 話したいことあるんだ、いろいろ」

「もちろん! なんたってビデオ会議、部屋も使い放題だし!」

「朝まで生会議――ふふ、なんちゃって」

「あ、朝まで? あわわ……お菓子足りないかも」

 

こうやってみんなと話す時間が、今あたしが一番ほしかったものだから。

 

× × ×

 

「え、じゃあ美聡って通学始まってるんだ!」

「基本はリモートなんだけど……希望者は教室で授業受けられるの。少人数だけど」

「えー、でもリモートならリモートで良くない? パソコンで受けるのアタシは新鮮だけどなあ」

「わ、わたし……あまりアプリ上手に使えなくて」

「さっきすみちゃんが来る前、宇宙になってたもんね。みいちゃん」

「え、何ソレ? 見たい!」

「み、見たいって言われても……なんでそうなったかもわからないし……!」

 

× × ×

 

「今ってアニメ再放送してるじゃん! でさ、前に教えてもらった高縁さんが出てる――」

「あ、凜々花追っかけてるんだ! どう? どう? 名作でしょぉ!」

「凜々花ちゃん10話まで見てね! ネタバレになるから絶対言えないけど10話であかりさんのキャラが――ああネタバレになるから言えないけど!」

「お、おぅ」

「みいちゃん、相変わらずすごい圧だね」

 

× × ×

 

「みんなマスク足りないなら送ろうか。琴ねえさんに確認してみてだけど」

「わあっ、助かる!」

「でもなんで寮にマスク余ってるの? 大所帯なのに」

「うん、流行るずーっと前にね。いつか絶対足りなくなるから! こんなんなんぼあってもいいですから!ってまっちゃんが」

「茉莉さんのモノマネ上手いね、薫ちゃん……」

「さすが天さん、先見の明があるなあ……」

 

× × ×

 

「今気づいたけど、美聡の……それ部屋着? すごいね……」

「えっ?」

「みいちゃんらしいよね」

「そ、そう?」

「胸にでっかいさくらんぼ! 美聡の桜アピール、見習いたいなあ」

「ほ、他にもフルーツTシャツ集めてるんだ! ほら、これとこれなんかオススメ――」

「そんなにあるの!?」

 

× × ×

 

途切れのない雑談。部屋に響く笑い声。

離れていても、すぐそばにいるように感じられる優しさ。

家族とか、学校の友だちとか――他にもいろいろ話す相手はそりゃあいるけど。

 

でも、あたしはやっぱり――リレプロに入ってよかった。

 

「早くみんなでレッスンしたいね。前みたいに」

「ほんと! 身体動かしたいよぉ!」

「ふふ、きっとすぐできるよ」

 

何気なくそんな話題になった時。

 

「――あれ?」

 

盛り上がり続ける会議室に、一斉にメッセの着信音が鳴る。

 

「グループメッセだ……ディレクターから?」

「ディレクターちゃんがスタンプ以外送るのって珍しいね」

 

身も蓋もない凜々花のツッコミに、でも、みんな「確かに」と頷いてしまう。

みんなでメッセ画面を開いて、確認する。

 

× × ×

 

≪ 【リレプロソーシャルディスタンス計画・進行中!】 ≫

≪ レッスンルームやスタジオを改装して、皆さんが安全に使えるようにします。 ≫

≪ もう少しだけ不自由をさせてしまいますが、変わらず引き続きよろしくお願いします。 ≫

 

× × ×

 

「……わぁ……!」

 

薫の言葉通り、みんなでレッスンできるようになる日はきっと"すぐ"なんだと。

 

そんな期待でいっぱいになりながら、最高の誕生パーティーはずっと続くのだった――!