「――と、そんなワケで! リレプロリモート部のデビューを飾る配信番組のアイディアを聞いてまわってるんすよ!」

「アイディア……って言われても。千里ちゃんも大変だね」

 

リレプロ寮の共用スペース。

向かい合ってソファに座りながら、千里ちゃんとわたしは打ち合わせ――というよりただの雑談を続ける。

あ、座る位置はもちろん一番遠く対角線になるように。ソーシャルディスタンスを意識しないとね。

 

「あたしの場合、走り回ってる方が気が楽すよ。学生寮の方がよっぽど密ですしぃ」

「そっか、千里ちゃん大学も休みなんだっけ」

「そう! いやあ時間が有り余って有り余って! 寝坊放題サボり放題で最高すね、普通の女の子になんて戻れない!」

「でも課題とかあるんじゃないの? 小見川さんとか高橋ちゃんとか忙しそうだよ」

 

わたしのそんな指摘に、千里ちゃんの顔がわかりやすく青ざめる。

 

「晶さん、今時間ありますよね?」

「だ、ダメだよ。学校の課題は自分で――」

「もちろん自分でやろうとはしてます! でも前期の単位全部レポートなんて無理な物量すよぉ!」

「だから計画的にやらなきゃって前から……」

 

事務所の仕事はちゃんと管理できるのに、こと勉強になるとこれだもんなあ……。

とはいえわたしには大学に通った経験が無いので、あまり強く物言いできないのも事実。

 

「まあいざとなった教授に泣きつきますわ。それより、晶さん明日誕生日すよね?」

 

唐突に変わった話に少し照れながら、こくりと頷く。

 

今日は6月27日。明日はわたしの誕生日。

この歳になって、実家を離れて暮らしていると気にするほどでもないけど。

改めて友人から言われると、恥ずかしいのと……覚えていてくれたんだって嬉しく思ってしまう。

 

「やっぱり寮のみんなで派手にやる訳ですか?」

「派手……かどうかはわからないけど。琴音さんたちとパーティーしようって話には」

「ははあ。さすが琴音さん、抜かりないすねえ」

 

実をいうと、最初はサプライズでお祝いしてくれるつもりだったみたいで。

でも一つ屋根の下でナイショなんてなかなか無謀な話で。結局、廊下で琴音さんとなおちゃんが話している所にバッタリ出くわしてしまい、あっさりとバレてしまったのだった。

それからはみんなで段取りも相談できたし、それはそれで良かったことだと思う。

 

「あまり集まってもいけないし、この共用スペースで適当にバラバラっとやろうって」

「なるほどぉ。そういうことなら、もちろんあたしも駆けつけますね! 原付なんで、あまり遅くまではいられないすけど」

「そうだね。本当は泊まっていってほしいんだけど……」

「仕方ないすね。なおくんとか京子に何かあったら、あたしも面目が立ちませんもん」

 

世の中の動きは元に戻りつつあるけど未成年――中学生や高校生の子がすぐそばにいるわたしたちは、まだ安全第一で行動することを意識している。

こういう話をすると、瀬戸ちゃんなんかに「ヒナも子ども扱いするの?」と渋い顔をされるんだけど。

 

「実際ヒナはプロなんだから、もうフルタイムで働いてくれてもいいんすけどね」

「せ、千里ちゃん……なんだか瀬戸ちゃんに厳しいよね」

「そりゃあ先輩ですし! なんて冗談すよぉ。今はああでも昔は病気がちだったんだから、ヒナは身体気にしすぎるくらいでちょうどいいんです」

 

そう屈託なく笑う千里ちゃんは、やっぱりまわりの子たちを気遣う優しいオトナだった。

 

× × ×

 

「あら、千里ちゃん来てたのね」

「あ、琴音さんお帰り」

 

日も暮れかけた頃、出かけていた琴音さんが寮に帰ってきた。

 

「お疲れっす! 琴音さん大学すか?」

「ううん。なおちゃんの課題で使う本を探しにね」

「へー、友ヶ丘の図書館復活したんすね」

「読書感想文だっけ。琴音さんのオススメって興味あるかも」

 

琴音さんが借りてきた本を一瞥すると、なおちゃんのような中学一年生が読むには少し背伸びした内容にも見える。

でもだからこそ、琴音さんは「なおちゃん向け」と思って借りてきたのだろう。

 

「千里ちゃんも来るわよね? 晶ちゃんのお誕生日」

「ちょうどその話をしてまして! あ、でも食料ってどうします?」

 

思い出したように千里ちゃんが口に手を当てる。

 

「その日って有理カフェすよね? 帰りが遅いとなると料理は……」

「大丈夫よ、私が――」

「琴音さんがッ!?」

「――ちゃんと出前の手配をしておいたわ」

 

なーんだ、と胸をなでおろす千里ちゃん――とこっそり、わたしも。

 

「茉莉ちゃんが最近デリバリーのアルバイトをしているから、オススメをたくさん教えてもらったのよ」

「あー確かに。自転車で爆走してるのよく見かけるすね」

「元々やってた店員の仕事、だいぶ減っちゃったって言ってたもんね……」

 

わたしも続けていた着ぐるみのアルバイトが休業中で、取り急ぎの働き口を探しているところだ。

すぐに次の一手を考えて行動できる天神さんは本当にすごいと感心してしまう。

 

「……早く、声優の仕事したいな」

 

ポツリと、思わずわたしの口から出た『声』。

ちょっとだけ不思議そうな顔で、琴音さんと千里ちゃんがわたしを見る。

それは、そう――だってわたし自身も少し不思議だったから。

 

「リレプロに入ったばかりの頃だったら、絶対こんな風には思わなかったけど」

 

わたしは、自分からすすんで『声優』になった訳じゃない。

ディレクターに導かれて、琴音さんたちに支えられて――やっと声優の道を歩き出しただけ。

今まで振り返ってみても、自分から何かをしようと考えたことは殆どなかった人生だと思う。

 

でも。

 

「なんだろ。演<や>ってみたいことが……届けたいことが、たくさんある気がする」

 

『声優』を名乗るなんて、まだまだおこがましいわたしだけど。

こんな風におさえられない『声』を持てる内は、まだ胸を張って名乗ってみてもいいんじゃないかって。

わたしの言葉を受けて微笑んでくれる、琴音さんと千里ちゃんも――たぶん同じことを想ってくれていると信じたい。

 

「ぼくもそう思いますよぉ」

 

不意に耳元で聴きなれた、間延びした声が響く。

いつの間にかわたしのすぐそばになおちゃんが立っていた。前もこんなことがあった気がする。

 

「な、なおちゃんダメだよ。ちゃんと距離取らないと」

「大丈夫ですよぉ。両手消毒してますし、マスクもバッチリ」

「なおくん、そのマスク大きくないすか?」

「大人用――じゃなくて、大きめのサイズしか無いのよね。無理させちゃってごめんね、なおちゃん」

 

ちゃんと言い直す琴音さんが律儀で、本当になおちゃんのことをわかっているんだなあと感じる。

当のなおちゃんは「大人と同じマスク」を付けていることに満足げ。少し息苦しそうだけど本人が良いなら、まあいいか。

 

「千里ちゃん、今事務所を改装しているのよね?」

「そうそう、ディレクターの提案すね。ネコちゃんさんの知り合いの業者に頼んだんで、お安く済むらしいすよ!」

 

そう。

この状況でも声優の仕事やレッスンができるように、区分けのカーテンを付けて個人で使えるようにするんだとか。

 

みんな、立ち止まるんじゃなくて――新しい日常を探して、考えて、実現しようと目指しているんだ。

 

「今までと同じようにって訳にはいかないでしょうけど、まずは第一歩って感じすかねえ」

 

……そう。千里ちゃんの言う通り。

今までと同じようにレッスンして、自主トレして、仕事して――なんて、きっと難しいんだ。

ろくな経験も積めていないわたしみたいな新人が、新しい環境に慣れていけるのか……。

 

「楽しみですよねぇ」

「うん、たの……え?」

 

わたしの内心と真逆のことを、にこにこしながら口にするなおちゃん。

 

「お父さんから聞いたんですけど、舞台もまだ公演できないんですよ。稽古はしてるんですけど、すっごく距離取って部屋の端と端で掛け合いするんですって」

「まあ。声が枯れちゃいそうね」

「それじゃ演技も作りにくいので、新しいホンを用意したそうなんです。どうせ接触できないんだから、舞台を真っ二つに分けて対岸でずーっと呼びかけ合うお話なんですって」

「へー、環境を逆手に取った訳すね。なるほど、リモート前提の台本とか面白いかもしれないなあ」

 

感心したようにうんうんと頷く千里ちゃん。

 

「なのでぇ、声優のお仕事もこの先どんどん変わっていくと――また新しいお話や新しいぼくと出会えるんじゃないかって、ワクワクするんです。えへへぇ」

 

ふにゃっと笑うなおちゃんの言葉に、わたしは心が揺さぶられたように感じた。

 

今までと同じようにできないんじゃなくて、今までとは違う新しいことができるんだ。

最初は難しかったり悩んだりするかもしれないけど、たぶん今まで気がつけなかったわたしに気がつく――きっかけになってくれる。

 

ふふ、と思わず笑いが出た。

だって、それって――わたしがディレクターに声をかけられて、声優を始めた時と「同じよう」だったから。

だとしたら、きっとまた同じように信じて進めばいい。

ディレクターや――琴音さん、なおちゃん、千里ちゃん……たくさんの事務所の仲間たちといっしょに。

 

「晶ちゃん、よかった」

「え?」

 

琴音さんが意味深に微笑んでくる。

 

「なんだか不安そうだったから」

「そう……かも」

「歳を取るのが不安なんです?」

「そう……ではないかな……」

「いや、わかりますよ。この歳になると誕生日って不安すよね。また何も成さずに一年過ごしてしまったかーって」

「そんなこと……ううーん……」

 

最後の答えは、たぶん違った。

距離を取っても、マスク越しでも。

わたしは一人じゃないんだから。

 

リレプロっていう素敵な場所と、素敵な友だちに出会えた『今年』は――何が起きてもどんなことがあっても、わたしの人生の中で最高の一年になるんだって。

顔を上げて、まっすぐに信じられたから。

 

× × ×

 

――そして、当日の夜。6月28日。

 

「ちわあ! オードブルとバースデーケーキお届けでーす!」

 

共用スペースのテーブルに料理が並べられて、これからパーティーが始まるところ。

 

「お疲れ様、茉莉ちゃん。このまま食べていくわよね?」

「え、これ茉莉の仕事になるの? ヒナたちのお金、茉莉に入るのズルくない?」

「絶好の稼ぎ時を逃すなんて、天神茉莉の信念<ポリシー>に反します! あ、でも申し訳ないんで別にプレゼント、はい晶ちゃん」

「わー、大きいペンギンさんですねえ」

「駅前のダーツゲームの景品すね。無くなってたけど、まさか茉莉さんが取ったとは」

 

全員で集まる訳にもいかず、琴音さんたち以外だと配達終わりの天神さんと夕食に困った瀬戸ちゃんだけが参加。

でも、これでいいんだと思った。

 

今は、これが新しい環境。でもきっとすぐに、みんなで楽しく集まる方法にも気がつける。

 

「これくらいの人数で集まって配信とかできると、リレプロリモート部っぽいかもしれないすね」

「あ、じゃあじゃあ予行練習ってことで。なにか最初の挨拶とか決めとかない? ツカミってヤツ!」

「晶ねえさん、何かあります?」

「あ、挨拶? そ、そんなこと言われても……よ、ヨイショーとか?」

「それ日向さんも言ってたね」

「ふふ、偶然ってあるのね」

 

わたしの『今年』は、全部偶然から始まった気がする。

こうしなきゃって決めつけて動くなんて、たぶんわたしにもリレプロにも似合わない。

 

――これからも素敵な『偶然』がずっと続いていきますように。

 

たくさんのプレゼント――たくさんの『声』を受け止めて、わたしは心の中でそう願った。